自分軸・他人軸 自己肯定感

「コイツとは合わんな」と思った時に。

こんにちは
村松 勇雄です

 

「人と合わない」時って、あると思います。こっちがそう思っていると、あっちもそう思っていて、そんな時「嫌い、ムカつく!」と思うことは良いのですが(というか、感情だから止められないしね)、それだけだと、どうしたって「対立構造」「戦争状態」「勝ち負けの争い」になりがちです。

 

そんな時、おすすめの「見方」があります。

 

今日は、そんなお話。

 

 

「この人とは決定的に合わない」

 

と思う時って、あると思います。

「気が合わない」とか「ウマが合わない」

みたいな。

 

それは、何か決定的な理由がある場合もあるし、理由は特にないけど、なんか漠然と合わないと感じる場合もあると思います。

 

あるいは、「その人が全体的に合わない」こともあるだろうし、この人のこの部分は合わないとか、こういう時のこの人は合わないとかのような「その人の一部分が合わない」場合もあると思います。

 

まぁ、いずれにしろ

 

「この人、(こういうところが)嫌い」

 

ということだと思うですけど。

 

でも、嫌いまで行かなくても、人である以上「合わない人」って、やっぱり生きてりゃ、何人か出てくると思うんですよ。

 

そんで、いい人や優しい人、真面目な人、誠実であろうとする人なんかは、そういう風な人に出会うと、なぜか「みんなと仲良くしなくちゃいけない観念」とか「みんなを愛さなくちゃいめないビリーフ」みたいなのが働くので、

 

「そんな風に人を嫌ってはだめだ」とか
「人を嫌うことは良くない」とか
「私が合わせることができないからだ」とか

 

時に自分を責めたり、自己嫌悪してしまったりすることもあるかもしれません。

 

ただ、「合わないものは合わない」し、「嫌いなものは嫌い」なので、別に合わない人や嫌いな人ががいてもいいと思うんです。 

 

食べ物の好き嫌いと一緒で。

 

だから、自己否定とか自己嫌悪しなくても良いと思います。

 

でも、「嫌いな人がいる」とか「合わない人がいる」って、僕らの持つ「人を愛せない罪悪感」とか「人を受け入れられない無価値観」を刺激するので、「対立構造」や「戦争状態」「勝ち負け」を生み出します。

「正当化」や「攻性防壁」、「コントロール」、「ジャッジメント」をしたがるんですね。

 

そして、

 

「私は正しくて、お前は間違っている」

 

という構造を作ります。

 

当然、相手も同じような状態に陥っているので、この対立構造や勝ち負けの争いは簡単に激化します。

 

「相手との違いを受け入れればいいんだよ」

 

と言われるのですが、そもそも、その「違い」が対立を生み出しているので、そう簡単にはいきません。ぶっちゃけ、それが出来れば、対立してないし。

 

「正義の反対は悪ではなく、別の正義」

 

という言葉があるのですが、まさに的を射ていると思います。

 

 

んじゃ、どーすりゃいいのよということですが、こんな時に役に立つ見方を、この「ゆるーいけどイケてるお兄さん」から教わったのですが、それは

 

「部活の違い」

 

という見方です。

 

「相手と自分は、違う部活に所属しているから、当然違うよね」ということで、例えば、サッカー部と野球部では、同じ球技なんですけど、ルールも使っている道具も違うし、参加人数やできる場所も違いますよね。

 

自分は野球部だからと言って、サッカーをしている相手に、

「いや、ボールは足で蹴るものではないよ」

といっても、相手は「はぁ?」と思うだろうし、逆に、野球部員相手に、サッカー部が、

「おい、ボールを手で持つなよ」

といっても、相手は「ふぇ?」と思うと思うんです。

 

まぁ、当たり前っちゃー、当たり前なんですが、
どうも、この当たり前が中々難しい。

 

ただ、これ、それぞれ競技のルールが違うだけで、「良い悪い」はありませんよね。

 

ボール一つの扱いにしても、サッカー部は足で蹴るのが当たり前だし、野球部はバットで打ったり、手で投げたりするのが当たり前です。

 

自分とボールの扱いが違っても、「当たり前か、あいつサッカー部だもんな」とか「しょうがないか、あいつ野球部だもんな」とかで

 

「違いを認める」

 

ことができると思うんです。

 

違いを認めると、その人を受け入れたり、いい意味で諦めることができるので、対立構造や勝ち負けなどになりにくいと思うんですよね。(「ならない」というわけではない。人って難しいな)

 

なので、今度から「こいつとは合わないなー」とか「こいつムカつくなー」とか「こいつ嫌い」という人がいたら、その人とあなたとは、そもそも部活が違うので、

 

「しょーがねーか、こいつ野球部だもんな」とか

「まー、こいつサッカー部で、バスケ部のアタシとは違うもんな」とか

「演劇部と書道部くらい違うもんな」とか

「こいつ日向だけど、こっちは黒子だもんな」とか(わかる人にはわかる)

「お前ら帰り道はラーメン屋だけど、おれらは牛丼屋だもん」とか

「桐島、部活やめちゃったもんなー」とか

 

思うようにしてみたらいかがでしょうか。(最後のなんか違う。)

 

そうしたら、もう少し世界は平和になるかもしれません。

 

え・・・?

軽音部と吹奏楽部がお互いうるさいって争っている場合ですか・・・・・?

 

・・・・・せ・・・生徒会に相談・・・・かな?

 

 

というわけで、今日はこの辺で。

 

あなたの幸せのヒントになれば幸いです。

 

では、また。

-自分軸・他人軸, 自己肯定感

© 2022 その 向こうの 景色 Powered by AFFINGER5