心の学び 悩んだ時

腑に落ちるのには時間がかかる

こんにちは

村松勇雄です

 

「腑に落ちる」って言葉、ありますよね。

 

何かを心の底から理解したり、納得ができた時に「腑に落ちる」っていいます。

僕たちは、新しい概念や知識、言葉に直面した時、それをすぐに理解することができる場合もあるけど、中々すぐには「腑に落ちない」場合ってあると思うんです。

あ。この場合の「理解」というのは、知識や概念の意味がわかるという表面上のことではなくて、もっと深く心の底から納得できたり、体感したりすることね。

 

その言葉の意味はなんとなくわかるけど、それがどういうことかすぐにはわからない。

「頭=思考で理解はできても、心=感情や感覚で理解できてないよね」という感じでしょうか。

 

ただ、すぐには「腑に落ち」なくても、すごく印象に残ったり、「理解したい」と思ったニュー概念や知識って、頭の片隅には残ってるらしく、ある日、突然「あー、そういうことだったんだ!」「こういう意味か!」って、「腑に落ちる」時が来るもんです。

 

それは、数日のこともあれば、何年もかかることがあるけど、とにかく、「腑に落ちる」。

きっと、頭のどっかのメモリで細々と処理していて、ある日突然、「理解」するんでしょうな。

 

うーん。お分りいただけるでしょうか?

相変わらず、絶望的に説明が下手くそです。

 

んで。

心理学とかやってると、こういう「腑に落ちるには時間がある程度かかる」ということがしょっ中起きます。

 

今まで吸収したことのない概念や知識のオンパレードということもありますが、心理学はどちらかと言うと、感情だったり、感覚をよく扱うので、先ほどの「頭=思考で理解はできても、心=感情や感覚で理解できてない」状況がよく起こるんですね。

 

例えば、僕は長い間「自己受容」という言葉が「腑に落ちません」でした。

自分で自分を受け入れる。

 

この「受け入れる」には、ポジティブ(と感じる)部分も、ネガティブ(と感じる)部分も、区別なく、自分を丸ごと受け入れるという意味があります。

 

ポジティブな部分はわかります。

ガンガン受け入れられるし。(まー、「受け取らない」という別の問題もあるけど、今日は割愛)

 

でも、この言葉を初めて目にした時、ダメな自分も、できない自分も、悪い自分も、ネガティブな自分も全部受け入れて、「それでいいよ」ってどういうこと?と思いました。

だって、ネガティブでダメな自分でも、できない自分でも「それでOKっ!(๑>◡<๑)」ってしちゃったら、成長しないじゃん!努力しないじゃん!進歩しないじゃん!

 

うーん、今思うと、典型的な真面目で「いい子ちゃん」な「長子タイプ」だったなー。

 

だから、この「自己受容」という言葉が「腑に落ちる」のには、時間が掛った。

 

「ダメでもいいってどういうこと?」

「できない自分でもいいって、大丈夫なの?」

と、まぁ、どこかで「怖れ」があったんですね。

 

心理学的に、「わからない、できないは、すなわち分りたくない、やりたくないということ」という名言だか迷言だかがあります。

「そんな風に、ダメな自分も、出来ない自分も全部受け入れちゃったら、余計ダメになってしまう怖れ」がスゲーあったとんだと思うんです。

だって、それまで「できない自分、ダメな自分」を否定して、「ダメなところ」「できないところ」を修正していくことが、「正しいこと」と信じてましたから。

「本当か?ほんとーーに、大丈夫か?そんなことして?」という思いが強かったんですね。

 

だから、「自己受容」の言葉の意味は、もちろん解っても、そのことが「心の底から理解していたか」と言えば、全然そんなことはなく。

でも、その時の自分は、めちゃくちゃシンドくて、苦しい時の真っ最中だったので、とにかく、その怖れがあったとしても、進むしかなくて、どうしても理解したかったので、「自己受容」についての記事を読み漁ったり、ワークをやったりしてました。

え?具体的なやり方ですか・・・・?

この本を読むヨロシ。

(さりげなくししょーの本を宣伝する、うーん、僕ってば健気。)

 

そんで、なんやかんや、ワークをやったり、サボったりしながら、3ヶ月くらい立った時に、ある日地下鉄に乗っていて、ふと気がついたんです。

「あれ?オレ、自己嫌悪すること、少なくなってね?」って。

その日は職場でちょっと嫌なことがあって、スーパー自己否定が強いその時の僕は、大概、「ああ。また、やっちまった・・・」と、自己嫌悪して落ち込んだりすることが多かったんですけど、その時は、あんまり、「自分いじめ」をすることがなかったんですね。

 

その時に、「理解できた」

「あー。自己受容って、こういうことか」と。

そして、同時に、「別に自己受容が進んでも、自分がダメになるわけでない」ということも解った。

 

「腑に落ちた」瞬間ですね。

 

この時は、3ヶ月くらいでしたけど、モノによっては数年掛かって「腑に落ちた」ものもあるし、もちろん、未だに「腑に落ちない」ものもあります。

ただ、時間がかかっても、いつかはわかるんだろうなというのがあるので、まー、気長に「その時が来る」のを待つ感じです。

 

「腑に落ちる」時って、謎々やパズルが解けた時のような、ちょっとした「アハ体験」みたいな感じがあるので、「気持ちいい」んですね。 

 

あ。変態じゃありませーん。お巡りさんは間に合ってまーす。

 

だから、あなたも、もし「これってどういうこと?」「どういう意味なんだろう?」ということがあったとしたら、例えその時、腑に落ちなくても、落ち込まずに、「いつかわかる時がくるんだろうな」と、頭の片隅にでも置いておいてあげてください。

 

そうすれば、ある時突然、「腑に落ちる」時が来ると思います。

 

あなたが、心の底から「それ」を理解した時、

きっと、あなたには「変化」が訪れるでしょう。

 

 

あなたの幸せの参考になれば幸いです。

 

今日は、この辺で。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました

 

では。

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