こんにちは
村松 いさおです
「ありのままの自分」に戻りましょう!とか
「ありのままの自分」を大切にしましょう!とか
そうある一方で、
「変わりましょう!」とか
「変化が大事です!」とか
そういう声もありますよね。
一体、どっちなんだ?と言いたくなりますが、これについて、僕なりに考えていることがあるので、今回は、それを共有したいと思います。
先日、クライアントさんとお話ししている時に、「ありのままの自分」について、質問されたことがあります。
「ああ、確かに、それは分かりづらいよねー」
ということだったのですが、
世の中には
「ありのままの私で良い(ありのままの私になりましょう)」=ありのまま肯定派
と
「今の自分から変わりましょう=ありのままではなく、変化しましょう」=ありのまま否定派
とがあって、どちらが良いのか分からないということでした
僕が勝手に思っている心の法則の一つに、「真実は矛盾の中にある」 というものがあるのですが、これもそれに当てはまるのかもしれません。
世の中には
結局、どっちやねん!
と、思うことが溢れていますが、
ありのままが良いの? ありのままじゃダメなの(変化した方が良いの)?
という問題については、僕も心の世界を学び始めた頃に、散々悩まされた問題でした。
今では、僕の中で一定の整理されたものがあるので、今日は皆さんと共有したいと思います。
あ、ただ、現段階での「僕の理解」なので、学びが進んだ場合は、突然撤回したり、変化したりするかもしれません。
「メンゴ、メンゴ、違ったわwwwww」
となった場合は、ご容赦ください。
************************
ありのままで良い と
変化した方が良い とは
結局、「同じゴールの異なる角度がから見たもの」というか「ゴールのために、進む段階が違うもの」と言えると思うのですが、そのゴールとは、
「あなたの生きやすさ」
「あなたが、本来のあなたらしさを発揮して生きる生き方」
だと思っています。
「ありのままの自分を大切にしよう」とか「ありのままの自分に戻りましょう」
というのは、
僕たちには、「本来の自分らしさ」「持って生まれた自分らしさ」というのがあるのですが、幼少期からこれまでの人生の中で、
教育やしつけ
周りの人間(親、兄弟、友達、恋人、職場関係、マス・メディア、SNSなど)
環境(生まれた国、地域性、住環境)
などの影響を受けた結果、
それら「本来持っている、自分らしさ(個性や性格、能力、魅力、才能)を隠す」ようになることがあります。
例えば
:本来はとても感受性豊かで、感情表現が豊富なのだけど、幼稚園や小学校などコミュニティの中で、感情を表現したら(泣いたり、怒ったり、はしゃいだり)、怒られる・怒鳴られるようなことが度々あり、その結果、
「私が感情を出すと、周りに迷惑を掛ける。怒られる。辛い思いをする」
という「思い込み」が造られ、その人は「感情表現を抑制する」「自分の感性を表現することを避ける」ようになるかもしれません。
そして、大人になるにつれ、コミュニティの規模や種類は大きくなるので、もっと周囲と軋轢を起こさないようにするために、もっと「感情を表に出さないようにする」人になり、その結果
「何を考えているかわからない」と周りから言われる。
「自分でも、何が好きか嫌いか分からない」
「心を動かされることが少ない」
「何だか、自分を生きている気がしない」
という悩みを持つことがあります。
あるいは
「本来、強いリーダーシップを発揮できる人・人前に出るのが得意な人」
だったのが、幼少期にリーダーシップを発揮したり、人前に出ることあった時に、周囲から馬鹿にされる・冷やかされる・否定されてしまった結果、
「みんなの前に出て、恥をかく・辛い思いをするなら、人前に出ることはやめよう」
という自己否定が生まれ、
「目立たないようにする」「人前に出ることを避ける」「遠慮しながら生きる」
ようになってしまうかもしれません。
ところが、「本来、リーダーシップを発揮できる人・人前に出るのが得意な個性」というのはなくならないので、
「いつも、自分がやろうとしていることが空回りする」
「なんか、生きていてもつまらない」
「エネルギーをちゃんと発揮できていない気がして、生き辛い」
ということが起こりえてしまいます。
************************************
このように、僕たち人間は、社会的動物の側面があるので、
「周りの人と上手くやらないと生きていけない」
「大人(親や周りの大人)の言うことを聞かなくてはならない」
という思いから、本来の自分の性格や個性から外れていても、それを隠して、周囲に合わせ、軋轢や衝突を避けるため、新たな個性や性格を獲得しようとします。
(特に幼少期は、力もないので、大人の保護がなければ、安全な住居も、食べ物も、欲しいものも手に入らず、生きていけません。あるいは、親は良くても、他のコミュニティからの影響から、本来の自分を隠すこともあるでしょう)
それは、まるで、周囲の人間関係に合わせるために
「鎧を着る」
「着ぐるみを着る」
「仮面をかぶる」
ようなものかもしれません。
そして、自己否定が強くなり、成長するにつれて、より多くの人間と関わるようになり、もっと周りに合わせるために、もっと自分を隠し
「鎧や着ぐるみを何重にも着る」
「仮面を何重にもかぶる」
ようになってしまい、その結果
「自分ってなんだっけ?」
「本来の自分って、どんなだっけ?」
と、自分自身を見失ってしまうことも、少なくないのです。
******************************
長くなったので、この続きは、次回に回します。
待て!次号!(笑)