こんにちは
村松 いさおです。
このコーナーでは、「美酒心肴」と題して、日本のソムリエ資格、フランスのワイン国家資格、唎酒師、バーテンダーの資格を有し、大の酒好きでもある、私、村松いさおが、「心に残る酒と、そんな酒にまつわる心の話」を徒然に書く、完全たるド趣味のコーナーです。
興味のある方だけ、読み進めていただければ幸いです。
今日は、こんな酒の話。
東京駅・八重洲口の近くに、飲んべえ達の間でちょっとした有名店がある。
その名は「ふくべ」
しかし、今はもうない。
創業は昭和14年になるというから、かれこれ、80年の歴史になろう。
その「ふくべ」さんが、今年(2022年)の1月に一時休業することとなった。
単なる休業ならば、「まぁ、こんな時世だし、あるかもな」で済むかもしれないけど、ビルの建て替えに伴う、取り壊しともなれば、話は別になる。
なにせ、前回の昭和30年改装当時の「古き良き昭和の面影」を残す店内はもう見れなくなるという事だからだ。
ならばということで、友人と2人、しばしのお別れを兼ねて訪ねてみた。
店内は、それほど広くない。
奥にテーブル席があるのだけど、やっぱり飲兵衛たるもの、店主が陣取るカウンター席こそが特等席というものだろう。
一枚板のカウンター席は、隣の人と肘がくっつきそうなほどなのだけど、それもまた「大衆居酒屋」らしくて良い。そのカウンターは、長い歴史のなかで角がすっかり取れ、飴色になっている。
一体、何人の人がこの席で酔い、笑い、涙し、怒声を飛ばし、語り明かしたのだろう。
「本当は、やっぱり続けたいですけどね。もう老朽化のこともあるし」
そう呟く店主は、若い。
といっても、僕と同じくらいか、もう少し若いくらいだと思う。
先代から跡を引き継いだ店主は、常連さんの間では「若店主」とか「若」とか呼ばれる。
それが、なんだか未だに「先代店主」の存在感をすごく感じさせてくれて、「歴史」というものを肌で感じる感覚になる。
ずっとこの店が愛されてきた証拠だと思う。
酒は、日本酒がメイン。それも燗酒が中心。種類はほとんど変わらないらしい。それと瓶ビール。あと梅酒。
大衆居酒屋にありがちな「サワー」とか「チューハイ」なんてものはない。
潔い。と思う。
ここは、夏でも燗酒を出す。
暑い時期に、熱い燗酒なんて・・・。とも思うけど、連れの話によればそれが、一番美味しく感じるというから、「やらないもの決めつけ」なんて、やっぱりあてにならないのだろう。
歴代店主に使われて、もうすっかり形が変わってしまった枡で計り、可愛らしいオリジナルの徳利で、これまた使い込まれた酒燗器で湯煎にかける。
時折、店主が湯からとっくりを出して、肘に当てて温度を確かめる。
職人技だ。
アテも、もちろん日本酒に合ったものが中心となる。
築地が近いこともあって、毎日仕入れるという新鮮な魚介も良いのだけど、この店にはなんと「くさや」がある。
この日一緒に訪れた友人は、もう20年近くここの常連らしいのだけど、最初この店に訪れたのは、この「くさや」が目当てだったらしい。なんとも風変わりな友人だ。
20そこそこの若ゾーが、1人でこの店の暖簾をくぐるのには、よほどの勇気がいったのではないだろうか。
さて、「くさや」は、もちろん、臭い。
伊豆諸島特産品のこの干物は、食べれば「旨味」爆発で、日本酒や焼酎とは抜群の相性をみせるけど、やっぱりこの特有の臭いは、なんとも言えない。デートなんかでは絶対食べてはいけないアテだ。
慣れれば、どうってことはないけど、やっぱりネックになるのは焼いた時に出る煙と、この臭い。だから、家で焼くのは(ご近所のこともあり)憚られるし、最近では酒場でも、くさやを出す店は稀になってしまった。
でも、旨いのだ。
ちょっと一切れ口の中に入れて、その凝縮した旨味を堪能したあと、燗酒をグビリとヤルと、これが日本酒の旨味とくさやの甘みが引き立ち、メチャクチャ合う。
なんだか、「真面目な勉学少年」の親友が「近所でも札付きの不良少年」のような奇妙な友情関係をみているようだ。(あ。BLじゃないぞ。)
だけど、これ、きっと若い女性はやっぱり敬遠するんだろうなぁ・・・と思っていると、
「いえいで、最近では、たまに若い女性がふらりと1人でいらっしゃって、召し上がりますよ」
というから、ちょっと驚いた。
まぁ、美味しいものに老若男女、国籍なんかも関係ないからね。
ふっと見上げると、煤けた太い梁が目に入る。
飾られた提灯も、天井も、「菊正宗」の木の看板も、全部カウンターと同じように、すっかり飴色になっており、年季の深さを感じる。
東京駅は、首都の玄関口だし、この周辺には大きなビルやホテルが立ち並ぶから、地方からのお客さんも多いと聞く。
昔、この店で飲んでいて、今は地方勤めだけど、たまの出張の時には必ずこの店に立ち寄るという人もいるし、老舗あるあるだろうけど、親子3代に渡って訪れる方もいるらしい。
隣のご婦人に、もう長くから来ているのか尋ねると、
「いえいえ、私なんて通い始めて10年ほどですから、まだまだ新参ですよ」
なんて答えが返ってきた。
どうやら、20年、30年選手がザラにいるらしい。
うーん。日本の高度経済成長を影で支えていたのは、きっとこういう店だったのだろう。と思うと、頭が下がる。
こういう、いわゆる「老舗」とか「歴史を感じる店」なんかに入ると、なんとも言えない「プレッシャー」のようなものを、僕は時折感じる。
なというか、店の中に流れる独特の雰囲気に、「ほぉほぉ、よく来たな。どれ、お前がこの店にふさわしいかどうか試させてもらおうかのぉ」と言われているような気がして、ついつい、襟を正して折り目よく対峙しようとしてしまう。
それは「そこにいる人や建物」というよりも、「その店の持つ全体的な歴史の重さ」というものに対して感じる、何か畏敬の念のようなものかもしれない。
あ。そういえば、この感覚って、神社やお寺にいった時に感じる感覚に似ているな。
と、タコワサをつまみながら、ふと思った。
***
心って目に見えないものだし、人によって感じ方や思考が異なるから、普段中々実感しないけど、親から子へ、時代から時代へ紡がれていく心って、確かにあると思う。
それはコマーシャルやキャッチコピーでおなじみの
「受け継がれていく心」だったり「伝わる想い」というものだったりするのだろうけど、
よく考えると不思議だ。
まわりにいる酔客は、きっと僕が「これっぽっち」もこの世に存在していなかった時から、ここで酒を楽しんでいたのだろうし、この店はその遥か前から、ここで酒と肴の楽しさを伝えてきたのだ。
それは、まさしく「時間と空間を飛び越えるもの」なのだと思う。
形が変わっても、見た目が変わっても、受け継がれていく「想い」や「心」は変わらない。
きっと、それが「歴史」というものなのだろう。
「お店、建て替えちゃったら、このカウンターどうするの?」
という質問に、若店主は、少し困った顔をした。
どうするか、まだ決めかねている。という。
流石に捨てることはないけど、カウンターとして引き続き使うか、いっそテーブルにしてしまおうか家族とも協議しているらしい。
「やっぱりね、新しい店になっても、今のこの店を少し感じてもらえるような、そんな店にしたいんですよね」
その答えに、少し安心する。
「うーん、大工さんとも相談しやきゃなぁ・・・」
***
東京・八重洲口。
大きなビルが乱立するこの一角に、「ふくべえ」という店があった。
でも、今はもうない。
今はないけど、もうすぐ心機一転、新しく生まれ変わるという。
きっと店内は真新しい木と、壁に囲まれた店になるだろう。
でも、ここに来る酔客と店の「想い」や「心」は、一枚板のカウンターと共に連綿と受け継がれていくだろう。
そうして「歴史」は続いていくのだと思う。
追伸:
この店に来る途中、区画整理のためか再開発のためなのかわからないけど、取り壊されたビルに囲まれて、そこだけポツンと、綺麗に残された古いビルがあった。
こういうのを見ると、なんだか無性に「がんばれ!」とエールを送りたくなってしまうんだよなぁ。
「ふくべ」
〒103-0028 東京都中央区八重洲1丁目4−5
現在建て替えのため一時休業中