こんにちは
村松 いさおです
今日も、無料お悩み相談サイト「ココロノマルシェ」に寄せられたお悩みにお答えして
いきますよっと。
※ 「ココロノマルシェ」は心理カウンセラーの根本裕幸氏が運営する無料お悩み相談サイトです。
匿名でお悩みを投稿していただくと、根本裕幸氏の「お弟子養成講座」を卒業したカウンセラーが よってたかって 寄せられたお悩みに回答させていただきます。
※僕からの回答について、初めてお読みいただく場合は、こちらの
『ココロノマルシェ』の回答についての注意点
をご一読ください。

安心できる環境で充実感を持って生きるには
30代半ばの女性です。
2つの悩みについて相談させてください。
①生きていることが虚しい
②モラハラ気味な人と接点が多い人生
①について
高校生の頃くらいからうっすら思っていたのですが、明るい未来を夢見て、目標を作って行動することでやり過ごしてきました。(達成率は60%くらいですが。。)
ですが最近になって、「どうせ死ぬのになんでこんなに頑張らないといけないのか?」「努力することに何の意味があるのか?」という疑問が強くなりました。
取り急ぎの答えとして、「別に何も成し遂げなくても良くて、何となく楽しく生きていけばいいんじゃないのか?」と思い、休みの日は美味しいものを食べてお酒を飲んだり、アプリで複数の異性と出会って、楽しく話をしたりするようになりました。
孤独感が和らいだのは良かったのですが、ただ漫然と時間が過ぎていくことが不安で仕方なく、人生こんなので良いのか?これからどうやって生きていったらいいのか?など、疑問が常にあります。
自分が死んだ後の社会に何かを残したい、社会貢献をしたい、みたいな気持ちがありますが、理想ばかり描いて行動が伴いません。子どもを作るつもりがないことも関係しているのかもしれません。
②について
母親から始まり、新卒で就職した会社の先輩社員、同じプロジェクトの先輩社員、転職先のプロジェクトのお客様、所属チームのリーダーなど、関わる人がモラハラ、パワハラ気味な人が多く、大声で怒鳴ったり、詰問したり、細かく管理されてその度にメンタルを削られてきました。
私自身は大人しく穏やかに見られ、実際に怒鳴ったりすることは全くなく、言い返すこともしないため、サンドバッグというか、雑に扱われているようで悲しいです。
上の立場の人に攻撃されるというのは、反発しづらく、とても辛いのですが、私の態度にも原因があるのでしょうか。
私自身、ピリついた堅苦しい雰囲気が苦手なため、言動がゆるく能天気に見られがちなところもあり、そのへんが癪に障るのかもしれないです。
私の母親は、子どもに大声で怒鳴ってスッキリするのが好きな人で、愚痴や不満を全部私にぶちまけてくるのが嫌で嫌でたまりませんでした。(自分の部屋に逃げると追いかけてくる)
今でも母と電話で話していると、怖くないのに体がブルブルと震えて止まらなくなります。
取り止めのない文章ですみません。
これから、安心できる環境で充実感をもって生きていきたいと思っています。
何かアドバイスをいただけると幸いです。
まんぼう さん
まんぼうさん、こんにちは
初めまして。心理カウンセラーの村松いさおです
ご相談ありがとうございます。
ご相談からしばらく経っていますが、その後ご心境いかがでしょうか?
今回は珍しく2つのご質問とのことですが、通常、心理療法では、1つのご相談の主訴(そのカウンセリングの主たるテーマ)に対する取り組みは、1つと決まっています。
でないと、こんがらがるからです。
ただ、内容を拝見する限り、①と②のご相談が実は密接に結びついている可能性がありますので、今回は合わせて回答いたします。順番としては②から見ていきます。
さて、
②では、まんぼうさんが、パワハラやモラハラなどに出会うケースが多く、誰かからサンドバック的に扱われるパターンが多いというご相談内容です。
まんぼうさんには、特に大きな非があるように思えない。にも関わらず、雑に扱われたり、不当な攻撃を受けてしまうというのは、とても悲しいことだと思います。
特にそのようなことが続くと、「私が悪いのではないだろうか・・・」と原因がよくわからないにも関わらず自責の念に駆られてしまい、「しゃくぜんとしない罪悪感や無価値観」を持ってしまいますよね。
よくあるドラマとか漫画とかでも、「いじめる方も悪いけど、いじめられる方も悪い」というセリフがあったりしますが、
どー考えても、責任転嫁じゃんね? それ。
とーぜん「いじめる方が悪い」わけで(なぜなら、いじめる以外のコミュニケーション手段を人間は本来選択できるから。ただし、いじめる方にも、いじめてしまうだけの心理的な理由・背景があります。)、にもかかわらず、自分では思い当たる節もないのに、勝手にサンドバッグにされて、パワハラ、モラハラの標的にされ、抱かなくてもいい「自分の性格や態度が悪いのでは・・・」と、自分責めの感情を抱かされるのは、
頼んでもいないウーバーイーツなのに、勝手に持ってきて代金を払えって文句言われる
みたいな感じで、モヤモヤしたお気持ちになるのも当然かと思います。

ただ、1度や2度ならまだしも、度々パワハラ・モラハラの標的になるということは、やはり何らかの心理的パターンがある可能性が疑われます。
ご相談内容だけですと、詳細には申し上げられないので、ここからは参考として読んでいただければと思います。
僕たち人間はは、特に幼少期に感情的に大きな出来事が起きると、それに蓋をしてしまう傾向があります。
なぜなら、感情は身体反応(感覚)ですので(ゲシュタルト療法という心理療法ではそのように捉えます)、「しっかり感じきって消化しないと消えずに感覚として残る」という性質があるのですが、まだ小さい子供にとって、「きちんと感情を消化する」というのは、中々難しいからです。
特に、まんぼうさんの場合、お母さんが
>子どもに大声で怒鳴ってスッキリするのが好きな人で、愚痴や不満を全部私にぶちまけてくる
という、まぁ、中々にアグレッシブな方だったようですので、幼い子供にとって、その恐怖たるやどれほどだったでしょう。
んで、当然のことながら、そこでお母さんから怒鳴られるという恐れや不安、受け入れられない悲しみ、グチや不満をぶつけられることへの怒りなどが上手く消化できないと、それを感じたくないため、心の奥底に抑圧して貯めていきます。
そうです。抑圧された(我慢された)感情は、消えずにまるで未来への負債のように貯まっていくのです。
「ゲシュタルト療法」という心理療法を確立した、フレデリック・パールズというアメリカの精神科医は、そうした未完了な感情を「終わらない宿題(アンフィニッシュド・ビジネス)」と名づけました。
そして、そうやって少しづつ貯まっていった「未完の感情」ですが、無意識は、当然それらを感じたくない、持っているのが嫌なので、
「未完了の感情を感じて、消化する機会を(無意識的に)引き寄せる」
ということが起こります。
例えが悪いのですが、便秘でたまって詰まったウ〇コは、出してスッキリしたいので、ことあるごとにトイレを探すようなものです。(食事中の方、謝ります・・・)
そこで、何かの機会に全部消化して、「出して、スッキリ!」出来れば良いのですが、幼少期から、こういう方は「我慢する」ことに慣れていたり、まんぼうさんのように「大人しくて穏やかな」方も多いので、うまく出すことができない場合も多いのです。
そうすると、「トイレを見つけた(引き寄せた)けど、我慢する」→「もっと貯まる」→「さらにトイレ(出すきっかけ。まんぼうさんの場合は、モラハラ・パワハラな人)を見つける」
というパターンを潜在意識が創り出していることがあるのです。
※潜在意識は善悪がわからないので、いくらまんぼうさんが「パワハラ・モラハラなヤツは、もうお腹いっぱいでしゅ」と顕在意識で思っても、「いや、ワタシにはまだまだ必要なんでしゅ」と、そういう状況を創り出そうとします。
なので、「出して、スッキリ!」すれば良いわけで、実際のセッションの場面では、セラピーワークを中心に、未完了の感情の消化を目指していきます。「終わらない宿題」をセッションの中で「終わらせる」わけですね。
そうすると、これ以上感情を感じる機会を創りだす必要がなにので、必然的にそういった環境を引き寄せることがなくなってくるというわけです。
さて、ここまで②を踏まえて、次に①のご相談について見ていきましょう。
②でみたように、まんぼうさんは中々幼少期にハードモードだったようですが、そういうお母さんの元で育つと
:「お母さんは私を(無条件で)受け入れてくれない」
:「家が安心・安全な場所でなく、心休まることがない」
:「私がやりたいことがあっても、お母さんに否定される」
:「私は、我慢しなくてはならない」
という「心のクセ」を持ちやすくなります。(クドイようですが、推測です。まんぼうさんがどのような「心のクセ」を持っているかは、実際には詳細にお話を伺うまでわかりません)
そうすると
「自分が何をやりたいのかわからない」
「何かやろう、何かしたいと思っても、「どうせ、出来ないだろうな」とブレーキがかかる」
あるいは、まんぼうさんのように
「理想ばかり描いて行動が伴いません」
というようなことが起りやすくなります。
しかし、当然自分としては「充足したい」「やりたいことやりたい」「理想を持っていきたい」「人生こんなので良いのか?」という想いがあるので、
自分の理想を持って充実して生きたい!
→ でも、無理かもしれない。踏み出そうとすると怖い。やりたいことがわからない
という想いの間で「心理的葛藤」が生じてしまいます。
もちろん、まんぼうさんのように、成長していく過程で「これではいかん!」と思って、
>、明るい未来を夢見て、目標を作って行動することでやり過ごしてきました。
という風に、「思考の力を使って、目標をひねり出して、生きるパワーを絞りだす」
という方もいらっしゃるのですが、何せ潜在意識君が乗り気でない場合、思考の力でなんとかしようとしても「動けないエンジンを無理やり動かす」ような状態なので、何かのきっかけで、「エンスト」を起こしやすくなるものです。
>「どうせ死ぬのになんでこんなに頑張らないといけないのか?」「努力することに何の意味があるのか?」
とまんぼうさんは感じられたようですが、要するに心理的に葛藤しすぎて
「ちょっと人生に疲れてしまった」
状態なのかもしれません
そのような状態なので、思い切って逆に振り切って
>「別に何も成し遂げなくても良くて、何となく楽しく生きていけばいいんじゃないのか?」と思い、休みの日は美味しいものを食べてお酒を飲んだり、アプリで複数の異性と出会って、楽しく話をしたり
と、自分なりに人生を楽しもう(それは、それでとても大切なことなのですが)としても、
「心のクセ」がブレーキを掛けるので、
・なんか違う気がする
・虚しさや不安が残る
ということが起こるのですね。
ちなみに、思考(顕在意識)と、感情・感覚(潜在意識)のパワーバランスは、
顕在:潜在 → 1 : 10000(人によっては100万とか、1兆とかいう方もいます。・・・もはや少年バトル漫画レベルのインフレ表現です)
とも言われており、思考の力でなんとかしようとしても、潜在意識が乗り気でない場合、天下一武道会のころのヤムチャと、絶好調のフリーザ様くらい違うので、
到底、かなうわけない
のです。
さて、ここまで②、①を見てきたわけですが、
じゃあ、どうすればエエのか?
というと、根本的な解消を目指すのであれば、一番はやはりカウンセリングを利用されるのが良いかと思います。
もしくは、心理系、特に感情消化をテーマにしたワークショップ形式のやつですねですね。
あ、オンラインじゃなく、リアルのやつね。(感情消化は場合によっては、リスクを伴うので、リアルの方が安心)
根本ししょーのリトリートセミナーなんか、タイミングが合えば良いかもしれません。(マージンとかはもらってないです。念のため(笑))
(講座、座学セミナーは、知識は身につくのですが、体験を伴わない場合、セラピー効果は薄いです)
特に、②は、「恐れをベースにした深層的な心のクセ」なので、中々自分一人で向き合うのは難しいかと思います。
おそらく、「心理的回避」も起こると思いますし、
>今でも母と電話で話していると、怖くないのに体がブルブルと震えて止まらなくなります。
とのことなので、身体反応にも出てしまっている状態であり、お母さんとの関係性に向き合う場合は、相当慎重に進めていく必要があります
なので、信頼できるカウンセラーの元で徐々に解きほぐすのが良いでしょう。
(まんぼうさんくらい、根が深い感情消化は、大きな心理的負担を伴うことも多いので、くれぐれも「信頼できる」カウンセラーさんからアセスメント(見立て)をもらうようにしてください)
①については、僕の見立てでは②をベースにして発動しているので、特にお母さんとの関係性を中心に癒しを進めていけば、自然と解消されるのではないかと考えています(ご相談内容だけでの見立てです)
もし、ご自身で今現在できることを挙げるとすれば、①だけになりますが、
・「自分が本当に好きなもの・環境(形があるものでも、形がないものでも)」「心踊る瞬間」「安心や穏やかさで満たされる瞬間」「思わず笑みがこぼれてしまう瞬間」って何だろう?とちょっと真剣に考えてみる
「これ好きだなぁ」「やってみようかなぁ」という「感覚」を取り戻したり、自己肯定感を高める効果が期待できます
・実際に社会貢献を「小さなことから」始めてみる
ボランティアや寄付(募金)、短時間バイトなど、実際に社会貢献に関わる活動をしてみる。ただし、いきなり大きなことではなくて、「小さく」始めるのがポイント
・やってみて虚しさを感じそうなこと、乗り気でないことなどについては、思い切ってやらないという選択をする
「自分の心に正直に従ってみる」という選択を取り入れることで、「自分が何を考えているのか」「自分が本当はどうしたいのか」「自分は何が好きで、何が嫌いなのか」という「内観」の力を鍛えることができます。まぁ、リハビリみたいなものです
などなどに、取り組んでみてはいかがかな?と思います。
さて、まんぼうさんのように、お母さんからの呪縛が強い方の場合、そこにエネルギーを注いでいたので、その呪縛から解放された時には、そのエネルギーを使って、自分が本当にやりたいこと、なりたいあり方を見つけられる方も多いです。
そして、パワハラ・モラハラを受けるような環境・人を選ばず(その必要がなくなるため)、自分にとって居心地の良い環境・人を選択できるようになっていきます
その様子は、まるで、過去という重い殻を破り、自由に羽ばたくひな鳥を見ているかのようです。
その時こそ、まんぼうさんにとって自由で、活き活きと充実感にあるれる自分と出会える、変容の瞬間だと、僕は確信しています
あ。お子さんを持つ、持たないについては、心が変わると心境も変わるので、現時点ではそれほど気にされなくても大丈夫です。ぶっちゃけ、どっちでも良いです。
というわけで、まんぼうさんのご相談に対する、僕の回答は以上になります
まんぼうさんの笑顔と平和を応援しています!